来 歴


首のない鳥


足跡がどれも
砂浜へ通じていた幸福な時代
遠くの空と海の涯とが
例えようもない親密な関係で
豊かな弧を描いていた日々
心とことばとが
同じ人間を土壌として
確かめ合う必要もなく
みごとに釣り合っていた日々
心がことばを置き去りにして
向こう側の風景の中へ
いちどきに遠のいてしまってから
もどかしいことばは
一羽の黒い鳥になって
激しく羽ばたいている
あの鳥は何の鳥
とあなたに聞かれても
私には何も言えない
首のない鳥
というのは鳥の名前ではないから
精神の深層の何を暗示するとも
私には答えられない
ことばが眠りこけている深夜も
黒い翼だけが
何度も飛びたとうとして
私の胸の内側を引っ掻いている
天井の楽園には死ぬまで届くまい
夜ふけのブランデータイム
眠気が潮のように寄せてくる
ことばは今
幸福な砂浜を常の鳥のように飛んでいる
やがてみるみる失速して
まっくらな夢の中に落下する
夢の先まで見てしまうのは
酔ったときの悪い癖だけれども
首のない黒い鳥
決して完成しない詩の作業
それでも飛びたとうとする一羽

目次に戻る